2012年 作品集

 

柿食えば金木犀が匂う昼

珈琲の香に誘われてページ閉じ

はや次と移り気過ぎるマスメディア

果たし状みたいに来いと酒友から

浜の石夏の終わりに置く机

営業の笑顔を作る自己嫌悪

桃源郷あればとビルで眼を閉じる

ストーブの炎記憶が蘇えり

街の角どこかで会った人の筈

階段を登る気力をしかと持ち

万葉集

陽炎(かげろい)の空振り向けば淡き月

熟田津に今ぞ漕ぎ出す戰船

新雪の富士が輝く田子の浦

人妻が標(しめ)野(の)に立てば恋す皇子(みこ)

狭岑(さみね)島 弔い花を手向けたり

香具山に白衣を干せばすでに初夏

旅や憂し笥(け)に盛る飯(いい)を椎の葉に

憶良いま帰らむ家に泣く児待つ

 

起上り小法師にならぬ腰の骨

風邪引いた同士マスクでご挨拶

よろよろと灯油タンクを持ち運び

火の降った街には消されない記憶

 

夜の電車黒いスーツもやや疲れ

潔く花びら落ちるチューリップ

甘い誘いされど血糖値に刺客

セメントの段差に降参する不運

 

不器用に生きてワインをすぐこぼし

霞んでる山まで遠い老いの距離

人混みを嫌ってはいる喫茶店

驢馬のごと頭も老いてただ閑居

 

山を恋うわれ遊狸庵と名付けたし

君が袖振る恋人は幻か

茫然とながれる刻を待つ無策

痛む脚空は哀しいほど晴れる

 

旅の終わりの面影は笑顔

行きどまり猪突猛進苦笑い

下肢毀れただ穏やかに穏やかに

明け方の鳥が愛するトマトの実

 

人通り絶えた薄暮の風が好き

止まり木に坐る酒友も今はなく

おふざけのテレビに飽きてひと眠り

寝静まる街雷鳴は遠ざかる

 

ダンサーの群舞にもしも若ければ

雨垂れが跳ねてる街は薄明り

低山で騒ぐは若い山ガール

街に出た狸隠れる溝探す 

 


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