巻頭言 遊狸庵主人雑感         谷口幹男

 

 拙宅を遊狸庵と名付けたくて表札を作ろうと思ったが

生来の無精者で未だに果たしていない。丸顔の肥満体

だから似合うと自分では思っているのだが。

で、今回は遊狸庵主人として話をしたい。

 最近,司馬遼太郎の本を読んでいるがその中に

高橋新吉(一九〇一〜八七)の「るす」という短い詩を

載せている。

 

  留守と言へ

  ここには誰れも居らぬと言へ

  五億年経ったら帰つて来る

 

この詩はダダイストの一瞬と永劫の両義性を詠ったもの

だそうだが、平凡にとれば借金取りに追われてやけくそに

言ったとも取れる。ただ、第三句の(五億年経ったら)

という発想は何とも面白い。例えば

 

  咳をしてもひとり 尾崎放哉

 

の句の(ひとり)で作者の孤独がわかる。

 川柳でも下5の発想で句の素晴らしさが生まれる。

「ふあうすと」の句でも

 

  耳栓のガムに守られ海女潜る  久恵

  肩肘を張らずに生きる草書体  英明

  旅に出ようなんて言わせる赤いシャツ  弘子

  昭和一桁今解凍すいくさ悲話  金悦

  水鉄砲に打たれて死ねば安楽死  春迷

 

などが挙げられる。

       ☆

 さて、遊狸庵としては四国の狸の話をしよう。

 まず伊予では松山お家騒動の八百八狸を手下に持った

刑部狸、阿波の狸会戦の六右衛門狸と金長狸、更に

讃岐では屋島の太三郎狸と高松浄願寺のはげ狸が

有名だが太三郎狸は屋島寺雪の庭で代々住職の

代替わりには源平合戦のシーンを見せ、禿狸は

金の薬缶に化けて火に炙られ頭に禿が出来てしまった。

しくしく泣いていると坊さんにお供えの鏡餅を貰った。

「今泣いたのだれかいの浄願寺の禿狸

 お飾り三つで黙った」という高松のわらべ歌がある。

 終戦直後には当時動いていた宇高連絡船から降りた

東京の転勤族の奥さんは高松には草葺きの家が並び

そこからお遍路さんが歩いていたと思ったそうだが

もう街中に狸は居ない。

           ☆

 狸を課題にした川柳がないかと最近のふあうすと誌を

見たが見当たらない。俳句ではどうか。

 歳時記をみると狸は冬の季題で

 

  鞠のごとく狸おちけり射とめたる  石鼎

 

がある。他では

 

  獺を狸の送る夜寒かな  子規

 

川柳では

 

  斯う化けて見よと狸は子を育て  路郎

 

がある。狸は夜行性の臆病な動物でなかなか顔を

出さないが、かって石鎚山成就の旅館で女将さんが

夜になって裏口からパン屑を持って行くと狸軍団が

現れて女将さんの手から食べていた。

馴れると安心するようだ。

 

  闇からの狸が嘉すパンの屑    幹男

 


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